目からウロコの健幸学

心身一如を前提としたホリスティックな健幸学の構築を目指すブログ。信じていることが現象化するという量子論的な視点を軸に、健康と幸福を自己責任で生きる道を追求しようという試みの提案です。

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★視点の転換5.人に与えるために病気を引き受ける場合もあるという観点

生まれながらにして、難病を抱えている子供さんがいる。
幼い時から、ひどいアトピーや喘息に悩まされるお子さんもある。

目の前で、いたいけない我が子が苦しんでいるのを見れば、親としては、
「何の罪もない我が子が、どうしてこんなに苦しまなけりゃいけないの?」
と神様に文句を言いたくなるのも当たり前かもしれない。

原因という観点から見るなら、お母さんがそうとは知らずに食べた食べ物の農薬や添加物が原因であったり、病院で受けた治療や薬の副作用であったり、母子ともに被害者という場合もあるかも知れない。

妊娠前あるいは妊娠中のお母さんのライフスタイルや環境や食生活など、様々な要因から、その影響を受けての病気だとすれば、幼い命が親の落ち度により被害を被ったと見ることもできる。

しかしそのような受身的な観点から一歩踏み出して、その子は、そのような親を選んで生まれてきたと考えるならば、その子供が病気を、自ら選んで引き受けたと観ることもできるのではなかろうか。

前述の、病気をする目的や病気が気づきのメッセージをくれる、という話とよく似ているが、その目的やメッセージが、自分自身に、ではなくて、第三者に向けたものである場合もあるように思われるのだ。

つまり、赤ちゃんは、親が、今のライフスタイルや住環境、食生活などの不調和を正さないと、重病をしたり早死にしたりする可能性があるよ・・・と自分の身体を張って警告してくれて居るのかも知れない、という観方である。

あるいは、夫婦仲が悪くてしょっちゅう喧嘩している夫婦でも、赤ちゃんが発作を起こして苦しんでいる時には、喧嘩を脇に置き、協力して赤ちゃんの看病に当たるというケースがある。
この場合、親の絆を取り戻させることが目的で、子供が発作を引き受けてくれていると見ることもできる。

幼くして病気から死に至る赤ちゃんもある。たった数ヶ月でお子さんをなくした親御さんの気持ちは、どれだけ辛いだろうか、とも思う。嘆きに沈まれるのも自然かと思う。

しかし、それもその子供さんが選んだのだとすれば、そのことを通じて、親だけではなく、祖父母や兄弟や姉妹や周りの人たちに、命の貴重さや儚さ、愛することの意味や重さ、今健康に生きられていることへの感謝などを学ばせるために、その幼子の魂が選んだ使命だったと観ることも出来るのではないか。


今現実に子供さんや身内のご家族に病人を抱えておられる方にとっては、心身ともに負担が大きく、早く治してあげたいとか楽にさせてあげたいと強く願っておられると思う。

病気を治すのは病気されている方の自己治癒力ではあるが、同時に、もし上記のような観点に立って、周りの方の観方や行動が変わり、後病人が病気を引き受けた目的が達成されたら、その病気はもう手放しても良いものになり、結果として快癒に向かうものと考えられる。

肉体を持った地球での人生は、魂の成長のための学校であり、すべての出会いや体験は、自己成長のために用意されたカリキュラムだという観点に立つ時、身近なかたの病気や死すらも、和多志の気づきと成長のために与えて頂けた賜物だと感謝することができるならば、そしてそのような観方がすべての体験にできるようになれば、人生には苦は無くなり、すべては感謝と喜びのチャンスに変わるのではなかろうか。

このような見方が自然にできるようになる時、ストレスに満ちていた人生は喜びに満ち溢れ、1000兆の腸内細菌や、2兆の皮膚や泌尿器の常在菌と37兆の体細胞の共生生命体=Organic Holisは自ずから健幸な状態に向かうに違いない・・・と和多志は確信している。

この道を、健幸学よりむしろ健幸道がふさわしいと和多志が考えるのも、このような確信からのことである。
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プロフィール

勝Z(かつじぃ)

Author:勝Z(かつじぃ)
生れ落ちた瞬間から、西勝造先生創始の西式健康法で育てられたお蔭で、症状は必要だから生じているのだ、経過させれば治るのが当たりまえと考えて育ちました。

さらには、幼い頃から、病気になるのは、自分が何らかの原因を作っているからで、自分が作った病気なら、自分で治せて当然ではないのかと考えるようになり、現代医学とは異なる視点から健康や病気について、また心身のつながりについて見つめ続けるようになりました。

お蔭で、生まれてから76歳の今日まで、病気らしい病気をすることもなく(学生時代に虫垂炎らしい状況になったのを幸いに、手術というものを体験してみたくて入院したのが唯一の思い出です)、歯医者以外に掛かり付けがないという人生を送って来ました。

40歳過ぎた頃から、「心身の統合と人間の可能性開発」というテーマと取り組み始め、以来30年あまり、様々な視点から研究を続け、自分の体験をもとにした健幸論を追求してきました。

平均寿命が延びても、晩年は寝たきりというような方々が増えてくるのを見るにつけ、
「元気なまま長寿を楽しめる人を増やしたい。」
「人本来の健幸力を生かすことで、健康寿命を伸ばしたい。」
そのために、少しでも役に立ちたいと考え続けてきました。

たとえ素人考えと笑われても、和多志の体験に基づいた、そして従来からの医学や健康論にはなかった視点をご披露することで、健康長寿を目指す方々に何分のヒントにでもなればと思い、浅学非才を顧みず、筆を取り始めたものです。

これが正しいと自己主張する気はありません。あくまでも、このような視点から見た時、選択の幅や意識の持ち方が変わってきませんか?という提案だとご理解頂けたら幸せです。

できれば、皆さまのご意見やご批判も頂きながら、ご一緒に、病気治しではなく、健康づくりにより病気が寄り付かない生き方暮らし方の知恵を体系化していけたら嬉しいと考えております。

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